事と事の間にある間は無ではない。文字どうり「間」という余白なのである。

今日の気付き-190127
事と事の間にある間は無ではない。文字どうり「間」という余白なのである。条件反射的に発する言語ではなく、「間」で醸成された言語化を目指したい。

言語化の練習を開始した。言語化することにより、より自身の思考を錬ることができるし、クオリティーをあげる訓練になるから。
そうでなくても大量のインプット情報は流れてくる。むしろ、意識しないと、その流れに流されてしまう。インターネット、SNSの普及で、無自覚にひまな時間を消費させられている。現代人はひまな”間”を我慢できない。「間」を取ることの有用性を忘れてしまっている。昔は色んなシステムのスピードがもとゆっくりしていた。
以前、個人で光学設計会社をしている京都の会社へ出張したことがあった。計算につかっているPCはかなり旧式のNEC製のモノで、光学光線追跡シミュレーションがとても遅かった。会社で使っているZEMAXと比べるとおそらく100倍以上のスピード差があったように思う。しかし、計算している内容は大差ないので、ただ結果を得るまでの時間が大きく違うだけで、結果自体は同じになるだろう。
その時、ベテランのこのエンジニアは、計算している間に考える時間がある。描画されてくる光線をみて考えることができると話してくれた。
事と事の間にある間は無ではない。文字どうり「間」という余白なのである。条件反射的に発する言語ではなく、「間」で醸成された言語化を目指したい。