違和感? テレワーク・デイズ浜松2019にて

●日々のヒント-1706122019年08月30日

・テレワーク・デイズ浜松2019:マイクロソフト: 堀内 保子 さん講演_はてなブログ

 

テレワーク

なんだろう?

昨日:2019年08月29日-2 のつづき

この違和感はなんだろう????

↓↓

そもそも、そんなにしてまで仕事する意味あるのか?

でも生活するのにはお金いるし?

からしかたなく仕事するのか?

 

そもそも????

 

人間は無限に問題を探し続けて、無限に便利にしようとする性がある。

 

こうやって、人間は隙間時間をどんどん埋めようとしていく。

効率アップという名の”善”によって。

今、電車ににのると殆ど全ての人がスマホをいじってなにかやっている。

何もしないことがとても不安で、その不安の隙間をスマホで埋めようとしている。

 

ぼーっと眺める。

その時々の”場”に浸って”場”の一部になって

ひっそりと”場”とインタラクションする。

”場”を感じる。

 

人間は便利よりこういった

頑張った先に目指す漠然とした幸せ

について

例えば、釣りが好きな人なら

好きな時に好きなだけ

釣りを自由にしている。

をイメージしているように思う。

 

便利になって、暇になって、でもその隙間を

何故だか

何かで必死に埋めようともがいている。

 

だから、テレワークの実施例(マイクロソフト)を聞いて

????? と疑問がわいてきた。

 

これって

本当に幸せなのか?

 

以前は海外出張すると

なかなか会社とつながるのが難しかった。

だから、出張レポートは

帰国後に書くのが普通だった。

でも、今は

出張中の空き時間に、どんどん報告書を作って

送信、配布している。

場合によっては、それに対応して直ぐにアクションを

起こしたりしている。

 

海外出張の隙間時間が奪われている。

いいのか悪いのか??

 

昔、狩猟採集生活していた頃の人間は

もっともっと暇だったはずだ。

 

でも、社会というものがどんどん肥大化していって

個々の人間が社会システムに合わせて生きるようになってきた。

 

そもそも、狩猟採集の頃は当然

”個人”という概念もなかった。

 

今は大きな社会の変化期のただなかにいる。

昔に比べれば、圧倒的な自由があり

同時に”個人”の選択を日々、瞬間瞬間迫られる

中に生きている。

 

だから、マスの共通した幸せモデルは無く

個々の幸せモデルを自分で模索して築く

必要がある。

 

↓↓

凡人には兄貴のこのアドバイスがいいかも?

  • 人と同じことを極める(兄貴・丸尾孝俊さん)

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「人と違う結果を残したかったら、

同じことをしていたらだめだそうですが」

 

「せやな。何かを残す奴いうんは、

発想からして抜きん出ていたりするわな」

 

「発想と言われても、そう簡単に浮かばないです」

 

「せやなあ。会社の面接にスーツやめて、

奇抜な服を着ていくとか、せいぜいそんな程度やな」

 

「中には、目立つことは嫌いだという人もいます」

 

「人と同じことをとことんやるいうんはどうや?」

 

「え?同じことですか?」

 

「但し、延々とが条件や」

 

「人と同じことをやるということは、

誰にでもできることをやる、ともいえますね」

 

「確かに人と違うことをすると目立つし、

同じことをしていれば埋もれて目立たん。

けど、同じことでも10年やり続けたらどうや?」

 

「始めた人がやめてしまっても、自分はやめないのですね」

 

「ああ。どっちが元祖かわからんくらいにや。

凡人が非凡になる道はそれしかない」

 

もって生まれた才覚を生かせなかったり、

自分の才能がわからなかったりする人は

 

自分にしかできないことを目指すより

自分でもできることを探す。

 

誰にもできないことをやろうとするより

誰にでもできることに没頭する。

 

華やかなステージは

地味な努力を重ねた人にも用意されている。