デザインについて、再び

松岡正剛水曜日のカンパネラ、先生に刺激されて、書いてみた。

100円ショップで買い物をすると、こんな安くても、どこかの誰かが、デザインして、生産していいるんだな〜と思う。
昔、蘇州で観光していたら、日本向けの人形を生産している工場の工場長の韓国女性と出会った。世界はグローバル化してサプライチェーンが無数に繋がっていて、でもそれは見えなくなっている。

以下、自分のブログを”デザイン”で検索してヒットした記事↓


西村佳哲氏の本に「全ての物は、誰かがデザインしている」というようなことが書かれていた。
http://d.hatena.ne.jp/lingmu0788/20140919/1411085542

デザイン思考 VS プロダクト思考
今の製品はデザインする人と製作する人が分業化で細分化されている傾向にある。
例えば、プログラミングならばデサインする人と製作する人は一貫して同じ人間で作業が可能である。とはいえ、大規模なプログラミングでは、やはりこれも分業化されている。
製作用のツールが3Dプリンターのように大衆化されてくれば、モノづくりに関してもデザインする人と製作する人が同じということが可能になってくる。
よりデザイナーの意思がモノに反映されやすくなる世界。物を作るのに、高価なインフラや高度なオペレーション技術、熟練の技が不要になる世界。そのうなると、よりデザインの価値が重要になってくる。
例えば、これが作りたいという熱が生まれても、それを実現するのに多くの金、時間、修練が必要だとすると、それが満たされた時にはすでに”熱”が冷めてしまう場合がある。それが、このようにデザイン思考でモノづくりが出来るようになると、その情熱を保ったままある程度のプロトタイプができるようになるだろう。
http://d.hatena.ne.jp/lingmu0788/searchdiary?word=%A5%C7%A5%B6%A5%A4%A5%F3